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今日は玉音放送の日、笹井宗玲

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f:id:davidsunrise:20170814193649p:plain昭和天皇が事実上の敗北宣言をしたあの玉音放送の日です。正午の黙とうは参加します、

www.nikkan-gendai.comインド国籍を取っても心に武士道

 仏教発祥の地でありながら、ヒンズー教徒が圧倒的多数を占めるインド。しかし、近年、爆発的に仏教徒が増えている。そのインド仏教界の頂点に立ち、育てたインド人僧と共に民衆を指導するのが、実は81歳の日本人だ。青年時代、生きることに悩み自殺未遂を繰り返したが、山梨県の大善寺に拾われ、僧となった。半世紀前からナグプールを拠点に仏教復興と不可触民(カーストにも入れない最下層民)の解放に取り組んでいる。インド仏教1億5000万人の頂点に立つ高僧に、今の日本はどう映るのか。

  ――インドを訪れたのが1967年。半世紀近くも帰国せず、仏教の復興と最下層の人々のために戦い続けてこられました。

 渡印する2年前、仏教の交換留学生として、高尾山の薬王院から信仰のあついタイに渡ったんだ。民衆は貧しいのに、食べ物や生活用品などたくさんの寄進をしてくれる。真面目に修行もしたが、そんな恵まれた環境がかえって良くなかった。コカ・コーラを1日で20本も飲んで、アル中ならぬコカ・コーラ中毒に。そして中国娘と恋に落ちたり、タイ美人に迫られたりと女に溺れ、恥ずかしくて日本に帰れない。そこでインドに旅立ったのです。
「中略」

「日本は仏教国。戦争はいかん」

  ――当時のナグプールはどんなところでしたか?

 仏教徒の多い地区に行ったんだが、バラックのような建物が並んで治安は最悪だった。当時は、カーストのない仏教に改宗しても、貧しいまま。何千年も前から触れたら汚れると虐げられてきた人々だ。博士が急に死んでしまって、皆、どうしていいか分からない。私が裸足でお題目を唱えて街を歩くと、突然やって来た日本人にびっくりして「何だ、こいつは?」と石を投げつけることもあったが次第に聞いてくれるようになってな。

  ――佐々井さんが来てから街は変わりましたか?

 そりゃ、変わったよ。私は「学びなさい。お金がないなら、親が1食ぬいて子供を学校にやりなさい」と。学校に養老院、孤児院、それに迫害されたときに皆で団結できるよう組織もつくった。希望ができると人は見違える。インドの子はよく勉強します。その子たちも大人になると稼いだお金を出し合い、また地域に学校をつくる。今では本当に街がきれいになり、治安も良くなった。 ――日本の戦後からの復興のようですね。しかし、今、日本では「共謀罪法」が成立したことで、再び、戦争へ近づいているのではないかと国民は心配しています。

 私は普段、インドで暮らしているので、日本の政治の詳しいことはあまり分からない。ただ、当時と違い、日本国憲法言論の自由や戦争反対をうたっているので、第2次世界大戦前後のように憲兵が人々を引っ張っていくような事態にはならないだろうが、私も小さい頃に経験した戦争は、ほんとうにひどいものだった。日本は仏教国だ。仏教は自由を尊重し、博愛主義。戦争はいかん。戦争を経験した世代は悲惨さを伝えてほしい。「中略」  ――インドの僧と日本の僧はだいぶ違いますか?

 インドではお坊さんを生かすも殺すも民衆が決める。つまり、このお坊さんは私たちに必要だから生きてほしい、だから食事を与えよう、お布施を出そうとする。私利私欲や執着を捨て、民衆の中に入り、菩薩道に邁進し、人々を助けるのが本来のお坊さんの姿だ。まだ未熟な坊主も多いが、インドでは一生、結婚しないと覚悟して出家するから、それなりに頑張っておるのではないか。

  ――御年81歳。かつて10万人程度だった仏教徒が1億5000万人に。後進も育ち、我が人生に悔いなし、という心境でしょうか?

 わっはっは、私の後を継げるやつなどおらん、男一代で終わりだ。だから、まだ死ぬことができん。世界中の仏教徒にとって悲願であるブッダガヤーの大菩薩寺を取り戻すまでは。お釈迦様が悟りを開いた仏教の大事な聖地だが、今はヒンズー教徒の手にあり、仏教徒は入ることもできない。首相官邸前で数万人規模のデモを決行したり、私が命懸けでハンストをしたりと、長年、闘争してきたがダメだった。そこで5年前、最後の望みをかけ裁判を起こした。しかし金がなく、高等裁判では、いい弁護士をそろえられず負けてしまったが、早ければ今年中に最高裁で争うことになる。  ――反対派や人気を妬んだ人から何度も暗殺されかかったとお聞きしました。80過ぎてもなお、異国の地で奮闘する力はどこからくるのですか?

 私はもうインド人なんだ。不法滞在だと逮捕された時、60万人の署名運動によってインド国籍を取ることができた。しかし、心にはいつも武士道がある。里見八犬伝を読んだことはないか? 人として大切なのは、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌だ。私を生かしてくれたインドの貧しい人たちを見捨てて、日本に帰ることはできない。日本男児たるもの、命を懸けて民衆を導き、使命を全うしてインドの大地に骨をうずめる覚悟だ。

(聞き手=ジャーナリスト・白石あづさ)

▽ささい・しゅうれい 1935年8月、岡山県生まれ。33歳でインドに渡り、布教や仏教の聖地ブッダガヤーの大菩薩寺の奪還闘争などに尽力。87年、インド国籍取得。長年の功績が認められ、2003年、インド政府少数者委員会によってインド仏教の代表に任命される。

インド仏教界頂点の僧侶 佐々井秀嶺さんに日本はどう映る|政治|ニュース|日刊ゲンダイDIGITAL