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1億の平成史・小林よしのりを集めてみた

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『こころ』と元号

――(平成史編集室・志摩和生)最近、「週刊エコノミスト」(9.19号)の「読書日記」で、元号が時代の気分を象徴する、と書かれていましたね。

小林 夏目漱石の『こころ』について書いた文章ですね。

 もうすぐ平成の時代が終わり、元号が変わる。今回『こころ』を読み返したのも、時代の節目に立つ我々を自覚したかったからです。

 若い頃に『こころ』を読んだ時は、「恋愛関係のもつれで死んでしまったか。ずいぶんナイーブなやつだなあ」という感覚だったけど、大人になって読むと、これは明治の精神の終わりを強く意識した小説だとわかりました。

 つまり、漱石は今の我々と同じように、改元という節目を意識していたわけです。

 明治45年(1912)7月に明治天皇崩御して、大正元年(1912)9月の大葬の日に、乃木希典大将が静子夫人と自決する。殉死ですね。『こころ』の語り手の「私」が尊敬する「先生」は、乃木大将の殉死に興奮して、「明治の精神が天皇に始まって天皇に終わった」「自分が殉死するなら明治の精神に殉死する積(つも)りだ」と語ります。

 明治が終わって何かが失われる。いや、江戸時代が終わった時から失われ続けてきたものが、明治が終わって次の代になれば、さらに失われるだろう。それは、日本が近代化と共に失ったものです。この「今の感覚」が全部終わっていくんだろうなというようなことを、この小説は予感しています。

 これは、夏目漱石自身が欧米を見てきて、近代化というものを先取り的に体験して、憂鬱な気分で日本に戻ってきたから、予感できたわけです。

 失われつつあったもの、それは、ひとことで言えば「武士道精神」だとわしは思います。

 実際、武士道精神は、今は失われてしまいました。乃木大将の殉死なんて、現代人にとってはまったく理解できないでしょうし、まして妻と一緒に殉死するなんて、野蛮としか映らないはずです。静子夫人は3度も自分の胸を突き、乃木大将は十文字に腹かっさばいて死んだ。こんなことは、江戸時代の武士道が残っていたからやれたことです。

 『こころ』の登場人物で、自決した「K」という男の「求道精神」も、今の人は理解できないでしょう。求道的に勉学に励むとか、そのためには恋愛は堕落だとか言われても、今は恋愛こそ最も美しいもののように描かれる時代ですからね。

 「K」は、恋愛によって自分の求道精神が堕落したと、それを恥じて自決する。その「K」の死を引きずって「先生」も死ぬ。今、そんな人はいないでしょうが、死と隣り合わせに生きるという感覚が、明治までは残っていたのです。

 もっとも、その感覚は潜在的には生き残っていました。近代化が末端まで広がったのが大正デモクラシーの時代ですが、昭和に入って、戦争になると武士道精神が日本人の中に残っていたことがわかるわけです。特攻隊とか、玉砕とかは武士道精神がないとできることではありません。

 でも、戦争が終わると共に、それも終わる。復興経済の中で、常に死を引きずる感覚はすっかり消えて、物質に埋没し、モノにこだわり、カネにこだわり……それが昭和の後半ですね。

 いずれにせよ、『こころ』の読書日記で言いたかったのは、元号というもの、さらに言うなら、天皇制というものの文化的な豊かさです。「明治」という元号の終わりを意識する感覚がなければ、『こころ』という名作は生まれなかったでしょう。

 一人の天皇の一生――一生でもないか、即位されてから退位されるまでで一つの時代を区切る。朝日新聞なんかは、全部西暦にすればいいとか書いたりするけど、そうなるとだらだらと節目なく時代が続いていくことになるから、ちょっと嫌だなあ、なんか疲れるなあ、という感じがするんですよ。節目があったほうが自分を切り替えられます。

 それに、元号があるから世代の差異を意識する感覚も生まれるんですよ。最近は、平成生まれの人たちがついに社会の中で目立つようになってきたなあと思います。特にスポーツ選手、本田真凛とか、もう質が違ってきたでしょう。足腰だけが強い、百姓を引きずったような昔のスポーツ選手じゃなくて、いかにも椅子で育った世代がどんどん活躍している。そういうのを見ていると、ああ自分は老いたなあ(笑)と感じるわけですよね。

平成は「ゴー宣」の時代?

――小林さんは、平成という時代はどんなものだったと思いますか?

小林 そうですねえ、平成という時代は天皇陛下にとって、いい時代だったのかどうか。申し訳ないけれど、震災とか災害の時代だったし、経済的には低成長が続いた時代だった。

 やっぱり、日本という国が本来もっている自然の恐ろしさ、地震とか津波とか、人間の知恵も何も及ばないものに襲われて、戒(いまし)められたような時代だったのではないかと思います。よくも自分の生きているあいだにこんなことが起こるなあ、と思ったくらいすごいものでしたから。

 天皇陛下はそういう被災の現場に慰霊に出かけて、無念の人たちを慰めておられた。

 また、昭和の戦争の慰霊もやっておられた。魂を鎮(しず)めるために戦場となったアジアの各地に行かれたり、あるいは、敵国だったイギリスやオランダなどにまで行って、現地のいわば反日的な人たちまでを慰めてこられた。

 この国の風土的な宿痾(しゅくあ)と、引きずっている過去と、それらを、平成を通して、ある意味、浄化していただいたといえるでしょう。

――元号という節目が、世界の転換と重なることがありますね。昭和と平成の節目も、ちょうど冷戦の終了という世界史の転換と重なりました。それは、漫画家としての小林さんにもある程度言えると思っていて――というのは、昭和の小林さんは、『東大一直線』『おぼっちゃまくん』のギャグ漫画の大家でしたね。僕は『東大一直線』の大ファンで、受験の時、『東大一直線』のコミックをかばんにしのばせて上京しました……その小林さんが、平成に入って転換する。『ゴーマニズム宣言』で思想家としての側面をもつようになる。そして、実際に、平成の思想に大きな影響を与えたと思います。

小林 平成への改元のときは、ちょうど『おぼっちゃまくん』のTVアニメが始まる頃で、あの自粛騒ぎの中であんな漫画が放映できるのかと、そればかり心配していましたね。その頃はまだ「ゴー宣」は始まっていなかったんだっけ。

――「SPA!」で『ゴーマニズム宣言』が始まったのは平成4(1992)年ですね。

 小林 そうか、それじゃあもう、平成は「ゴー宣」の時代だ(笑)。イコールだね。そういうことになるなあ。

――その世論への影響をどう考えていますか。

小林 申し訳ないけど、右傾化させてしまいました(笑)。それは、ありますな。

(つづく)*毎週月曜日更新

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『戦争論』後の変化

――(平成史編集室 志摩和生)小林さんの『ゴーマニズム宣言』は平成時代の世論に大きな影響を与えましたが、中でも平成10(1998)年に出版された『戦争論』(『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』)は、大東亜戦争(太平洋戦争)を肯定的に描き、ベストセラーになると共に、物議をかもしました。

小林 あの作品の執筆動機は、わしの祖父の記憶なんですよ。わしの母方の祖父は僧侶だったんですが、俳優の加東大介らと戦争中、ニューギニア島のマノクワリで慰問芝居をやっていました。その体験を加東が『南の島に雪が降る』という本に書き、舞台化、映画化されて、ずいぶんヒットしたんですよ。「南の島に雪が降る」とは、舞台に純白のパラシュートを広げて積もった雪を表現して、その上に紙で作った雪を降らせていたことをいうのですが、その舞台上の雪景色を見て、東北出身の兵隊たちが涙にふける……。

――映画『南の島に雪が降る』(昭和36=1961=年公開)は、僕も子供の頃、テレビで見ましたよ。

小林 そうですか。ほんとにあれは一つのブームだったんですよ。子供の頃、祖父の寺に行くと加東大介が来たりして、祖父が誇らしかったし、『南の島に雪が降る』を見たときは子供心に、とてつもない感動、魂の震撼(しんかん)のようなものを覚えました。その記憶が、『戦争論』で表れてきたわけですね。

 戦争に行った祖父の世代の人たちが、まったく報われずに死んでしまった。その人たちに、何らかの感謝の念を示したかったという思いが『戦争論』になったのです。

 戦後ずっと鎮められていなかった昭和の魂、死んでいった兵隊たちの魂に対して、平成の天皇陛下と同じような、たましずめ(鎮魂)をおこなったようなところがありますね。

――『戦争論』からさらに20年たって、「右傾化」の中身も変わったのではないでしょうか。小林さん自身が、最近は左翼代表みたいな佐高信氏とも意見が合うとか聞いて、驚いたんですが……。

小林 そうですね、左右に関係なく、わしと佐高氏の収斂(しゅうれん)していく所が同じになるというのは、要するにわしも佐高氏も「原日本人」だからなんですよ。そして夏目漱石も同じように、「原日本人」にこだわって生きていたんだと思います。

 わしは「原日本人」の感覚を追求していった結果として『戦争論』を描き、「右」に寄っていったことになるわけだけれども、そもそも「原日本人」という感覚そのものが、いまの「近代人」にはわからないのかもしれない。そこがわからないから、『戦争論』以降わしは誤解されているのではないかという気がします。

 「原日本人」の感覚からすれば、今の日本の保守といわれる人たちには強烈な違和感を覚えざるを得ません。わしはそういう人たちを、保守を自称しているだけの「自称保守」と呼んでいますが、自民党の自称保守派とか、あるいは「保守と呼ばれたい、リベラルと見られたくない!」という保守コンプレックスから、民進党を分裂させて希望の党に走った連中とかは、本物の保守じゃありません。結局、「従米(じゅうべい)保守」なんですよ。

 アメリカに追随していくための安保法制、アメリカに追随していくための9条2項を残したままの憲法改正。それは、わしのような「原日本人」から見れば、非常に堕落しているとしか思えません。

 本当の保守は自主独立、脱属国です。ところが実際にはそういう政党がない。むしろある意味、リベラルとか左翼のほうが「アメリカいいなりもうやめよう」とか言っていて、「原日本人」的要素を残している。例えばTPP(環太平洋パートナーシップ協定)問題では、絶対反対を主張しているわしと意見が合うのは共産党しかいないわけです。立憲民主党ですらグローバリズム、TPP容認になっちゃいますからね。自称保守は共産党を嫌っているけど、わしから見ればこっちの方がずっと保守的で、たいしたものだということになります。

――アメリカとの関係についても、昭和からの宿題をサボっていた感じがしますね。平成は30年あったけれど、解決できなかった。

小林 ほんとにそうです。だから敗戦をえんえんと引きずるわけですよ。

 自称保守は、憲法はアメリカ人が書いて押し付けたとか言って批判しているはずなのに、その一方で、今もアメリカについて行こうとばかり言っているわけだから、矛盾も甚だしい。それはわしの目指す保守とは全然違うのですが、その違い、そのズレが、一般にはまだ明確に理解されていません。

 わしの考える保守というのは基本的に、西郷隆盛の頃から変わらない、かつ、玄洋社などがやっていた自由民権運動とも変わらない。要するにナショナリズムですよ。あれは欧米化を推進する薩長藩閥政府に対する戦いだったのですから。

 そして、それは全部負ける運命なんです。西郷も負けたし、自由民権運動も勝てなかった。「原日本人」的なナショナリズムで欧米近代化を阻止しようとして、何度も何度も負けているのです。

 『戦争論』によっても、残念ながら、みんなが覚醒したわけではありませんでした。結局、アメリカに従属しようという従米保守に、大部分をすくい取られてしまった。ということで、まだ負け続けているんですね。

 わしはそれにまだ反抗しようとしているわけです。だからこれは、明治からえんえんと続いている戦いですよ。わしの戦いとは、そういうものです。

守るべきもの

――平成の後の時代でも戦いは続いていく、と。

小林 解決していないのだから、ずっと続けないといけない。

 今回の選挙でも、わしから見れば枝野幸男氏は保守だと思いますよ。憲法改正の是非とかはあまり関係ない。枝野氏は個別的自衛権を充実させる、集団的自衛権はダメと主張した。自分の国は自分で守る、これが保守なんです。

 個別的自衛権をできる限り行使できるように整備したうえで、もうこれ以上は憲法改正しないとできないから改憲しましょうというのなら、自立した憲法改正になります。

 ところが自民党は個別的自衛権を不完全にしたまま、米軍と自衛隊を一体化させる集団的自衛権だけを重視する。そして憲法も、「戦力不保持」を定めた9条2項をそのままにして、「戦力ではない」自衛隊をそのまま明記しましょうという。自分の国を自分で守れない、米軍に守ってもらわなければならないという事態を固定化することになってしまうから、これはもう完全な属国宣言なんですよ。「属国改憲」になるんです。

 わしはこんな改憲は阻止しなければならないと主張しているけれども、世間から見れば護憲派左翼と区別がつかなくなってしまう。でも、わしにしてみれば「属国改憲」は阻止するのが保守であり、同じことを言っている枝野氏も保守だと思っています。

 どうせ希望の党は安倍自民党的な属国改憲案に吸い取られていくんでしょう。だからわしは、まだまだ戦わなければいけないんです。この戦いはやりつづけなければならない。次の元号になっても、やらなければならない仕事として残っていきますね。

――保守の現状は別として、左翼のほうはだいぶ変わったのではないでしょうか。

小林 そうですね、なんでもかんでも日本が悪いというのは少なくなったかもしれません。例えば辻元清美氏も変化しましたよね。かつては天皇制なんて気色悪いとか言っていたのが、今は、天皇陛下に対する尊敬心が出てきたと認めていますし、以前は、自衛隊は要らない、軍隊は要らないと言っていたのが、今は個別的自衛権で守ろうと言うところまで来たわけだから。そんなふうに左翼も変化してきているところはあります。

――小林さん自身も、若い頃は左翼的だったりしたのが、変わったわけですよね。『天皇論』にもありましたが、最初は君が代斉唱に抵抗があったりした。

小林 君が代の意味も、だんだんわかってきましたね。だって君が代の意味を最初からわかっている人なんて、いないでしょう。

 若者は、反体制じゃないと本当はダメですよ。若いうちはやっぱり反体制・反権力で、時代や社会の中で自分が他人から規定されることが嫌だというような、反抗心を持っているのが当然でしょう。

 それがいまは20代の安倍政権支持率が高いらしいけれど、ネットに影響されて、若いのに最初から権力に「いいね」とか言っているやつは、頭がおかしい。共謀罪も賛成、監視社会でOKだなんて、完全に狂っていると思います。

 いまは若者の支持を受けて自由がなくなってきている。それはどうしても許されません。自由の幅が縮小してきているのを、なんとか食い止めなければならない。わしは表現者として、自由を死守しなければならない。その戦いもあるのです。

(つづく)*毎週月曜日更新

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因習の克服

――(平成史編集室 志摩和生)小林さんは宮中のお茶会にも招かれましたね。平成の天皇陛下のお人柄をどのようにご覧になりましたか。

小林 陛下のお人柄を言うことは難しいですけどね。

 天皇陛下を見ていると、歴史や伝統を守り続けていくためには、近代的な頭脳も要るということがわかります。そうじゃなければ、伝統は続かないんです。

 昭和天皇も全然古い慣習などには固執していなくて、どんどん宮中を改革してこられたじゃないですか。

 例えば昔は宮中に女官がいっぱい住み込んでいて、側室もいるのが当たり前でした。今の時代から見れば野蛮な悪習だといわれるでしょうが、当時は民間でも妾(めかけ)を囲うのは男の甲斐(かい)性とか言われていたのです。しかしそんな時代に、昭和天皇は側室を廃止し、女官を通勤制にしました。

 また、昔は乳人(めのと)制度、傅育官(ふいくかん)制度というのがあって、天皇の子供は親元から引き離して育てることが伝統とされていました。

 昭和天皇はお手元で子供を育てたいという望みをお持ちだったが、当時の情勢からそれはかなわなかった。そのため皇太子時代の今上陛下は孤独な育ち方をされて、ご結婚前に美智子さまに「私は温かい家庭を持つまでは絶対に死んではいけないと思った」と漏らされたほどです。

 それで皇太子(今上陛下)が美智子さまとご結婚し、浩宮さま(現皇太子殿下)が誕生すると、昭和天皇のご意向も受けて、親子が同居して家庭を作られたわけです。

 昭和天皇も今上陛下も生物学の研究をされていますが、そのためには近代的な頭脳じゃないといけないでしょう。近代的な頭脳で、この時代が客観的に、神の視座から見たときに、どのような時代として捉えられるだろうと考え、どういう時代にしようかと考え続けてこられたわけです。

 それまでの皇族方が生物学を中心とした自然科学を専攻されてきたのに対して、皇太子殿下は史学を選ばれた。これは画期的なことです。

 次の時代をつくられる皇太子殿下は、今の時代の中に欠けているものや、今の時代がおちいりやすい罠(わな)などを全部見抜いて、次はどういう時代にしていくのがいいのかということまでマクロにながめて、そのためには自分はどのような象徴になればいいだろうかと考えていくでしょう。そこまで考えなければ、天皇は務まらないものです。

 そういう視座で世の中を見ていくのは重要なことで、次の時代はどうだろうとか、教訓を与えてもらえます。

 そうして見ると、やっぱりわしは、もう男尊女卑の感覚はなくさないと、時代が行き詰まるとしか思えません。少子高齢化で、子供がどんどん生まれなくなっていますが、その原因には、日本が女性を虐げている時代からまだ脱し切れていないということが大きい。これをなんとかしなければ、日本民族は滅んでしまいます。

 例えば山尾志桜里氏は、証拠写真の1枚もないのに不倫疑惑報道が出ただけで民進党を離党しなければならなくなったけれど、以前、細野豪志氏の不倫が発覚した時には、決定的写真を撮られていたのに離党なんて話にはならず、役職停止だけで済んでいました。女には罰を与えるが、男は不問に付すなんて、これでは戦前の「姦通(かんつう)罪」の延長線上です。

 こういう男尊女卑的な感覚を終わらせなければ、次の時代は作れません。「八つ墓村」みたいな、古臭い因習に閉じ込められて身動きの取れない状態がつづくだけです。

 それならば新しい時代の象徴として、女性天皇が即位することを可能にするべきです。そうして愛子さまが次の皇太子になれば、女性が本当に活躍できる世の中になるでしょう。

 でも、女性天皇はずっと阻止されつづけているわけです。女性天皇を作らせない、男性天皇しか許さないという、男尊女卑の旧弊にこだわりつづける人たちがいるからです。やっぱりこれが諸悪の根源で、これをなんとかしないと、天皇も、日本も、ほんとに滅んでしまいますよ。

権力とのあつれき

――次の改元は、天皇の意思的な退位によっておこなわれる、という点でこれまでと違いますね。そこに至るいきさつの中では、政治権力とのあつれきも感じさせました。それは次の時代にも引き継がれるのでしょうか。皇室と政治権力の関係はどうなるとお考えですか?

小林 結局、天皇陛下の自由意思をどのくらい認めるのかということが問題です。

 天皇には意思などない、自由意思による退位なんか認めない、死ぬまでやれと言っている人たちに抗して今回、陛下は封じ込められていたご自分の意思を表明されたのです。

 意思を表明することすら封じ込められた天皇とは、井上達夫さん(法哲学者、東京大学教授)みたいなリベラルな人から見たら、奴隷状態だとしか思えないでしょう。だから井上さんは天皇制廃止を唱えている。実際、人権も自由も認められない天皇という生贄(いけにえ)の上に成り立っている制度では、いったいいつまで続けることができるのか、わかったものではありませんよ。

 そう考えると、天皇制を続けたいなら、やはりご自身の退位くらいは自由に決めさせなければならないし、そのあと誰が継ぐかぐらいは、陛下のご意思を忖度(そんたく)しなければいけません。

 それをやらないと、天皇制は続きませんよ。天皇制の存続を、あんたらが潰してるんでしょって言いたいです。

――政治権力のほうが?

小林 政治権力のほうが、天皇制を危うくしているんです。

 戦時中は軍部が天皇を政治利用していたが、いまも政治権力がそれをやろうとしているわけですよ。

 戦時中は、天皇陛下バンザイを叫んで、天皇を「現人神(あらひとがみ)」に祭り上げて、天皇を政治利用する状態がずっと続きました。

 昭和天皇ご自身は、自分は神ではないし、美濃部達吉が言うように「天皇機関説」でかまわないと思っていたのに、当時の政治権力や軍部たちは、天皇の本当の意思なんか聞きもせず、すべて封じ込めた。そして、天皇は神であって、天皇の意思はおれたちが全部代弁するとした。

 その政治利用の仕方は、いまの自称保守の連中もまったく同じです。産経新聞朝日新聞などに比べて、皇室に関する情報をずっと多く掲載して尊皇派を気取っていますが、その実、天皇陛下のご意思は全く認めず、ただ政治利用するんです。

 いかにも天皇陛下バンザイみたいな記事を書いたり、雑誌「正論」で天皇特集みたいなものを出したりするのですが、明らかに天皇陛下女性天皇女系天皇に道を開きたいというご意思をお持ちであることは無視して、男系しか天皇にはしない、女性・女系天皇を認めないと強硬に主張するわけです。

 このままでは今上陛下が退位され、皇太子殿下が即位されたら次の皇太子の座が空位になってしまいます。そこで政府は秋篠宮殿下を皇太子にしようとしたのですが、秋篠宮殿下はそれを拒否しました。そこで、皇太弟(こうたいてい)という名前で皇太子に準ずる地位にすることも検討されましたが、それも殿下は拒否しました。

 要するに、皇太子の座は空位にするという、秋篠宮殿下ご自身の意思がはっきりあるわけです。

 皇太子が空位だと、祭祀(さいし)が伝承できません。祭祀は一子相伝で長子にのみ伝承していくものであり、秋篠宮殿下は祭祀を継承していません。最初から天皇にはならないという前提で育てられているのです。

 ですから秋篠宮殿下は、次の皇太子は愛子さまがなるべきだと思っておられて、それで自分が皇太子やそれに準ずる地位に就くことは、頑として拒否されたのでしょう。

 

 しかしそれでは、新しい天皇と、皇位継承順第1位の秋篠宮殿下が6歳しか違わず、共に年老いていくのを見るしかない。次世代を担う皇太子殿下がいないから、ずーっと未来が見えないという時代が、えんえんと続いていくことになります。

 そうなれば、天皇制は終わりますよ。女性皇族がみんな嫁いでいって、眞子さま、佳子さま、愛子さまもいなくなる。最後には、皇位継承者は悠仁(ひさひと)さまたった一人になる。それで、悠仁さまの子供に男子が生まれなければ天皇制は終わりです。

 そこで、男系しか認めない連中は、昭和22(1947)年に民間に下った旧宮家の男系子孫を皇室に入れて、男系の宮家をつくればいいと言っています。

 しかし旧宮家の男系子孫って、民間に生まれ育った完全なる一般人ですよ。それが突然やって来て、これからこの人が皇族ですと言われたって、「誰だ、それは?」ってなってしまうでしょう。

 しかも、まったくの一般人なんだから、それまで生きてきた中で、恋愛経験もあるだろうし、どんな世俗的なことに汚染されているかわからないし、スキャンダラスなことを抱えているかもしれない。それを写真週刊誌とか、週刊文春が全部ばらしてしまったりしたら、そんな人に対して、皇族として敬意をもつことができますか?

 それに、そもそも皇族になるということは、国民が当然もっている基本的人権や自由を失うということです。それを覚悟した上で皇室に入りますという意思を持っている人が本当にいるんでしょうか?

 そういう問題があることがわかってくると、男系に固執する人たちは、旧宮家の男系子孫の赤ちゃんを連れてきて、宮家の養子にすればいいと言い出しました。何もわからん赤ちゃんのうちに皇室に入れて、物心ついたときから皇族として育てりゃいいというのです。

 あまりにも非常識だと思いますが、その赤ちゃんは、産んだ母親から引きはがしてこなきゃいけないのですよ。そんなことを承諾する親がどこにいますか? もう、ひとさらいじゃないですか。

 しかも、その赤ちゃんを皇室の中で、誰が育てるんですか? 宮家の当主方はご高齢になってきていますし、育てる人がいない。実現させようのない空論なんですよ。

 だから、眞子さまも結婚させる前に、女性宮家が創設できるようにして、結婚されても民間人にならず、皇族として残れるようにしなきゃいけないんです。皇族の絶対数が少なすぎるんですから。

 インタビューの趣旨から外れてしまうかもしれないけれど、本当は、平成が終わって次の元号になるとかいう話をしている場合ではないんですよ。元号はなくなるかもしれないんですから。

――平成の次くらいで……。

小林 そう、平成の次で元号天皇制も終わりかもしれない。

 男系男子にこだわること自体に完全に無理があって、このままでは次世代の皇族は悠仁さまたったおひとりになってしまう。

 そして、悠仁さまにお嫁さんが来ても、絶対に男子を産まなければならない。女子が生まれても意味がないという制度なんですからね、今は。

――――まさに男尊女卑ですね。

小林 ですから悠仁さまの妻になる女性は、男が生まれるまで子供を産めよ、女は男を産む機械なんだから、という扱いを受けることになります。そんなところに誰が嫁に入りますか?

 雅子さまだって女児しか生まれなかったことで人格を否定されて、さんざんバッシングされて、適応障害になってしまわれたのです。今度は、男子を産まなければ天皇制が終わるのですから、どんなプレッシャーをかけられるかわかったものではありません。

 それがわかっていて、それでも悠仁さまと結婚する女性などいるわけがない。もしいたとしても、親が猛反対するでしょう。自分の娘をそんな不幸な目に遭わせていいと思う親なんかいませんから。

 そうなると、このままでは天皇制は終わるとしか言いようがありません。

 天皇制を続けたいのなら、皇室もイギリスのように近代化しなければいけないのです。国民は自分たちだけどんどん近代化して、自分たちだけ自由を謳歌(おうか)しておいて、天皇・皇族だけは自分の意思を表明する自由もない奴隷で、そこに嫁いだ女性は男を産むためだけの機械として扱うという前近代の因習の中に封じ込めておくなんて、日本国民よ、お前らは一体何様なんだという話ですよ。

 イギリス王室は300年続いた年長男子優先の王位継承ルールを撤廃して、男女平等にしました。イギリス国王には、首相に政治的な問題でも自由に発言できる権利が認められています。少なくともイギリスくらいの状態にしないと、天皇制は続かないですよ。

 それなのに日本人は、天皇制について政治家も、誰も考えていません。

グローバリズムに抗して

――その天皇制の問題含め、平成で解決しなかった問題が、次の時代にまたのしかかってきそうですね。そういう問題は他にありますか。

小林 平成の時代に解決しなかったいちばんの問題は、「グローバリズム」だと思います。グローバリズムを克服できていないことが問題です。

 なぜ日本が高度経済成長して豊かになったのかというと、その時代はグローバリズムではなかったからですよ。冷戦構造があったから、日本を共産化させないように、過度の競争を抑える規制がちゃんとあって、社会福祉をしっかりやっていたから、将来不安がなく一億総中流で、誰でも結婚して子供を産んで、家を建てて……という人生設計ができたわけですね。

 ところがグローバリズムになると、規制はどんどん撤廃されて、弱肉強食になり、格差が広がる。貧困層は結婚もできず、お金があっても将来不安があるから貯蓄に回すので、消費は落ち込み、資本主義を発展させる活力が生まれない。グローバリズムを推進したら、資本主義が停滞するのです。ところがこれに気づく人がいないんですよ。みんな、グローバリズムを進めると経済が成長するものだと洗脳されていますからね。

 だから、この洗脳をどうにかして解かなければならないのですが、政治家も、マスコミも、もっともっとグローバリズムを推進せよとしか言わない。もっと規制緩和して、もっと構造改革して、もっと弱肉強食にしろと言い続けていて、どうにもなりません。

 グローバリズムを推進すれば、底辺への競争になるわけですよ。日本人の賃金も、中国人とかインド人とか、外国の最低の賃金水準まで下げていこうというのがグローバリズムであり、そういう経済政策をとってきたのだから、実質賃金が上がるわけがないのです。

 グローバリズムに対抗するためには、本当の意味でのナショナリズムを確立しなければなりません。グローバリズムとは、国境をなくして全世界を均一化しろということであり、すなわちナショナリズムを捨てろということなのですから。

 わしはグローバリズムではなく、インターナショナリズムでないとダメだと言っています。個々のナショナリズム、個々の国柄を大事にして、日本は日本のお米や牛肉を全部保護して、そのうえで相手の産業を潰さないように、お互いの得だけを考えた貿易の条件を国ごとに丁寧に結ぶのです。

 グローバリズムは世界中の関税をゼロにしろということですから、そんなことをしたらどんどん自国の産業が潰されていきますよ。

――保守政治家はそこを食い止めねばならないのに。

小林 だから、今の日本には保守がいないんですよ。

 自称保守は全然保守じゃないから、グローバリズム賛成でナショナリズムはいらないと思ってますよ。日本の文化や環境を形作る稲作を捨ててしまってもかまわない、自動車産業でもうけられればいいじゃないか。ほかの国の産業も潰してしまえ、弱肉強食でいいじゃないかと思っている。

 それがグローバリズムであって、基本的にこれは左翼ですよ。でもそれが保守だと思っているバカどもが自民党希望の党にいます。

 グローバリズムはいけないということがわかっているのは共産党だけですよ。でも共産党天皇制を認めない。困ったものです!

(この項、終わり)*毎週月曜日更新

 

その1とその2は短かったが最後だけ長かった。だが言いたいことは分かった。グローバル化は時代遅れだってこと、イギリスみたいな皇室にすべき、若者どもが監視自体望んでることに反対してるなど。