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補遣・六十年安保+日米安保条約

補遣・六十年安保

 

一九六〇年五月一九日、岸信介自民党内閣による衆議院での強行採決参議院での議論をへないままの同二十三日の自然成立と、その後の日本外交に大きく影響する条約にしては、異例なかたちで成立した「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」。簡単に言えば米ソの対立がはげしい時代、アメリカの対アジア戦略にのっとったアメリカ主導の軍事同盟であったといえるだろう。一〇年間は異議申し立てができない代物であった。(十年後の一九七〇年、もはや六十年時のような大衆デモはなかった)

 

第六条にいわく。

 

日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

しかも、右の基地内は、治外法権となって日本の行政は及ばない。

この安保条約締結に反対するデモは、次第に燃えさかり、国会周辺を連日埋め尽くすこととなる。(六月一五~一六日は約十万人)

戦時下の空襲・飢餓の痛手による体験がなおなまなましいなかで、アメリカ一方に与し、その戦略に巻きこまれることはごめんだ、という素朴な感情が、多くの人びとをデモへ駆り立てたといえるだろう。

 

明治以後、日本が外国と軍事同盟をむすんだのは二回。日英同盟(一九〇二年)と、日独伊三国同盟(一九四〇年)。前者は日露戦争、後者は米英ほかの連合軍との戦争へと雪崩れていった。軍事同盟の危険を肌で人びとは感じとったのではあるまいか。

だから、連日、国会を埋めるデモに対し、岸首相が、「声なき声は自分たちを支持している」と語ったとき、早速に、声なき声というプラカードを作ってデモに行くものがあらわれ、これといった組織のない人びとがそのプラカードの後ろに付いて、みるみる膨れ上がっていく現象も起きたのだった。

 

そのようななかで、学生たちが立ち上がり、そこに二十三歳、東大文学部国史科学生の樺美智子もいたわけである。

彼女の遺稿集『人しれず微笑まん』(三一書房)には、講義に提出したレポートも載っていて、徳川慶喜論―政治史的考察、あるいは律令時代の損田処分法、など真摯な考察がなされていて、いずれ学者として大成していったろうことを偲ばせる。

しかし、時代は研究室に彼女をゆったり置いておかなかったのであり、それは彼女の真面目さとその詩に見られる感受性の鋭さにも拠ったであろう。

ameblo.jp

 

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日米安保条約(日米地位協定)をドイツやイタリア並みにするしかないのだ!これ以上悲劇をためにもな

www.sankei.com

【パームビーチ=田北真樹子、加納宏幸】6回目となった安倍晋三首相とトランプ米大統領の会談は、米朝首脳会談に向け、北朝鮮に最大限の圧力を維持する方針で一致し、日米同盟の絆を国際社会に改めて印象づけた。トランプ氏が米朝会談で拉致問題に言及すると約束したことも大きな成果だといえる。ただ、通商問題では、米側を環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に復帰させることはできず、隔たりは残ったままとなった。「中略」

「記者会見で『断じて容認できない』と私が語った直後、トランプ大統領は『米国は百パーセント同盟国である日本とともにある』と力強いコミットメントを世界に向かって発信した。「中略」あなたの偉大なリーダーシップに改めて心から敬意を表する」

 この言葉にトランプ氏は満足そうにうなずいた。2人は会見中に何度もたたえ合い、信頼関係の深さを見せつけた。

 だが、記者会見直前まで続いた通商問題に関する首脳会談では日米間で厳しい応酬が続いた。

トランプ氏「シンゾーの顔をつぶすようなことはしない。シンゾーの立場を守った上で対応している。だが、600億ドル(の対日貿易赤字)は何とかならないのか?」

 首相「TPPこそが日米にとって最善の枠組みだ。それに農業分野の開放はこれ以上応じることはできない」

 トランプ氏「俺は2国間(交渉)が好きなんだ!」

「中略」

 そんな応酬の後でも、会見場でにこやかに握手できたのは、2人の友情の証しだともいえる。

 とはいえ、トランプ氏は「ディール(取引)」を好む。記者会見で「拉致問題がシンゾーにとって一番大事な問題だということを分かっている」と語ったのは、裏を返せば「俺にとって一番大事な問題は対日貿易赤字削減なんだ」と念を押したといえなくない。

 

同感。