映画「ゴッドファーザー」のモデルになったと言われている“伝説のマフィア”ラッキー・ルチアーノの末裔が、なんと日本にいた。幼少時代からマフィアの一員として活動、世界各国を渡り歩いて日本に来たマリオ・ルチアーノ氏(53)だ。25日に自身の半生をつづった著作「ゴッドファーザーの血」(双葉社)が出版される。同書は、発売前からゴッドファーザーの大ファンたちが多数予約、異例の緊急重版となり1万部を突破したという。本紙はマリオ氏に緊急インタビューを敢行。波瀾万丈な人生を語った。
東京・茅場町のイタリアンレストラン「ウ・パドリーノ」。落ち着いた雰囲気の店内には、ゴッドファーザーでヴィトー・コルレオーネを演じた名優マーロン・ブランドから麻生太郎財務相の写真などが飾られている。自身が経営するレストランの中に、まるでゴッドファーザーに出てくるようなおシャレなスーツ姿で決めたマリオ氏が待っていた。
マリオ氏は1964年、イタリアのシチリア島で生まれた。父はギリシア人。母は同島の出身で、母方の祖母のいとこの息子が、ラッキー・ルチアーノだ。「コーサノストラ」と呼ばれたイタリア系マフィアのトップにして、マフィアを近代化したことで知られるラッキー・ルチアーノは、世界のマフィア史で、最も有名な大物と言っても過言ではないだろう。
「中略」
「両者が似ているところはありますね。(英語で)ジャパニーズ・ヤクザって言うでしょ。まさにジャパニーズ・ヤクザも、“疑似家族的組織論”で同じく動いており、例えるなら“ジャパニーズ・コーサノストラ”とも呼べるかと思いますね」
ただもちろん、両者には大きな違いもある。
「日本のヤクザは比較的、表に情報が出ていますが、マフィアでは絶対にあり得ないです。マフィアの本当のトップの名前は今も多分、誰も知らないですし、一切ベールに包まれていますよ。何十年かたったら、本当の話が出てくるかもしれないですがね。マフィアのトップや幹部たちは皆、普通の家に住んで、普通の一般サラリーマンだったり、会社を経営したり、仮の姿で日常生活をしているんですよ」
また山口組に“関係”している時に“指詰め”の場面に遭遇したこともある。マフィアにはそのような習慣はないため「何をやっているのか、最初はとても驚きました。次はこう(切腹のポーズ)するかと思いましたね」と、その異様な様子を振り返った。
ゴッドファーザー末裔が激白「マフィアと日本のヤクザ」(2018年4月24日) - エキサイトニュース(3/3)
東京・茅場町のイタリアンレストラン『ウ・パドリーノ』。シチリアの言葉で「ゴッドファーザー」を意味する同店の持ち主は、エミリオ・マリオ・ルチアーノ氏。彼こそ、映画『ゴッドファーザー』のモデルの一人になったとされる伝説のマフィア、ラッキー・ルチアーノの末裔だ。
ルチアーノ家のマフィアの血を受け継いで生まれ、数奇な運命から日本でヤクザとなった男が、ついに口を開くーー。
■「麻生さんとはマフィア談義に花が咲きました」
「麻生さんはマフィア・ファッションがトレードマークだそうですが、来店したときも、ボルサリーノを斜めにかぶって、黒のロングコート姿。まるで映画俳優のようでした。映画『ゴッドファーザー』の大ファンだった麻生さんが、ラッキー・ルチアーノの末裔である私に興味を抱いてくれたそうです。
当日はラッキー・ルチアーノが愛したイスラエル製の本物のピクルスとコンビーフを入れたサンドイッチを用意しました。麻生さんは、赤のシシリアワインと一緒に召し上がっていましたね。ずっと上機嫌で、葉巻をくゆらせて、マフィア談義に花が咲きましたよ」
そう語るマリオ氏は、1964年生まれ。今年で54歳になる。彼が生まれる2年前、62年にナポリでその生涯を終えたラッキー・ルチアーノは、ニューヨークで「カステランマレーゼ戦争」と呼ばれる抗争を勝ち抜き、マフィアという組織の改革に乗り出した功労者だった。
「中略」
マリオ氏は、次第に深く仕事にかかわるようになる。運び屋の仕事に加え、非合法カジノの手伝い、そして窃盗など。このニューヨーク時代にマリオ氏は、フランシス・フォード・コッポラ監督とも会っている。
「コッポラ監督が、『ゴッドファーザー』の撮影中に、祖父の店に来たんです。当時は少年でよくわかりませんでしたが……現在では、偉大な監督だったのだとおもっています」
■世界を渡り歩く中での日本との出会い
その後、祖父と伯父を相次いで亡くしたマリオ氏はニューヨークを離れる。コロンビア、チェコ、ナポリ、シチリア、パキスタン、フィリピンと世界中を転々とした彼が訪れたのが日本だった。
「マニラでは大学にも行きましたが辞めて、銃の密売や、父の仕事の手伝いなどをしていました。19歳でしたね。
当時のマルコス大統領関連の仕事で父が知り合ったO会長という広域暴力団の幹部と仲良くなりました。マルコス大統領が失脚すると、危険を避けるため、別な国に移る必要があった。それで日本を選んだんです。まさか、こんなに長くいることになるとはね……」
「中略」
「X会の組長に心酔したことで盃を受けました。ジャパニーズヤクザとなったことで、伝説的な親分や大物幹部にもお会いすることができました」
その後、さまざまな出来事を経て、マリオ氏はヤクザの世界から足を洗う。
「私が知り合った日本の親分やヤクザは皆、気持ちが温かく、裏切りに遭うことはありませんでしたね。今の私にとって大切なもの、それは、愛する一人の日本人女性と自分のレストランという場所です」
そういって、満足げにゴッドファーザーの末裔は微笑んだ。誇りと愛を胸に、今日もマリオ氏は店に立つ。
数奇で壮絶な半生をつづった書籍『ゴッドファーザーの血』(双葉社)は4月25日に発売される。

激動の半生を語るマリオ・ルチアーノ氏
シチリアで生まれ、父と共に5歳でアメリカに渡り、9歳で映画『ゴッドファーザー』で知られるルチアーノ・ファミリーに加入。マフィアの一員としてコロンビア、パキスタン、フィリピンなどを転々とし、たどり着いた日本では山口組系とも深い関わりのあったマリオ・ルチアーノ氏。
現在は東京・銀座と茅場町でイタリアンレストランを経営する彼がこのほど自伝『ゴッドファーザーの血』を上梓。激動の半生を語った。
■マフィアでありながら山口組の盃を受けた男
―20世紀初頭のアメリカにおける暗黒街の大ボスで、映画『ゴッドファーザー』でも知られるラッキー・ルチアーノとマリオさんは、どのようなつながりなのでしょう。
マリオ ラッキーは母方の親戚です。とはいえ彼は62年に死去し、私は64年生まれなので当然、会ったことはありません。それどころか、誰も教えてくれなかったので、私はこの事実を17歳の頃まで知りませんでした。マフィアのファミリーとはそういうものです。
―それでも9歳でマフィアの手伝いを始め、その後も生死をかけて世界を転々としながら、グレーな仕事で大金を稼ぐ…。本書ではまさに映画顔負けの人生が綴られていますね。
マリオ 口の中に拳銃を入れられたことは一度や二度ではありませんし、刺されたこともある。殺されてもおかしくないことが何度もありました。今でもフラッシュバックがあります。ただし、私は犯罪に手を染めたことは一度もない。それだけは公言できます。
―今は完全に裏社会から足を洗ったとありますが、そんなに簡単に抜けられるものなのでしょうか?
マリオ 私はマフィアのファミリーではありましたが、メンバーではありません。つまり、ヤクザでいえば構成員ではないのです。メンバーだったら簡単に抜けることはできないでしょうね。
―そのあたりは映画『ゴッドファーザー』の世界ですね。
マリオ あの映画はロマンチックな部分が強調されすぎている気がしますが、それでもストーリーは半分以上は本物です。映画では弟が実の兄を殺す場面がありますが、裏切ったら家族であっても殺すのがマフィアのルールです。子供にだって手を出す。その点、日本のヤクザは指を詰めさせることはあっても、人の子供に手を出すことは絶対にない。日本のヤクザは心があると私は思います。
―マリオさんはマフィアファミリーでありながら、山口組の盃をも受けることになりますが、イタリアのマフィアと山口組に共通点はありますか?
マリオ 共通するのは目的、つまりマニー(お金)です。あとは、厳格なルールがあることでしょうか。逆に違うのは規模の大きさです。海外マフィアは、多くてもせいぜい3千人くらいですが、山口組は全盛期は構成員が数万人もいた。間違いなく世界最大の“マフィア”といえます。
■麻生大臣にはマフィアのドンのオーラがある
―盃を受けた後は、具体的にどのようなことをされていたのでしょうか?
マリオ 簡単に言えば「経済ヤクザ」です。預かったお金を増やすのが私の仕事でした。とはいえ、法に触れることはしていませんし、私はこれまで一度も警察に呼ばれたことはありません。
―マフィア、そしてヤクザとして生きた半生をふり返って「私のこれまでの生き方は、間違っていたのだ」と綴(つづ)られたのはなぜでしょうか。
マリオ 私はこれまで、手に入れられるものはなんでも手に入れてきました。でも、それはいいことではなかったし、むしろ寂しいものだと思います。煌(きら)びやかなスーツを身につけ、見た目は華やかなマフィアを一般の方は「カッコいい」と見るかもしれませんが、はっきりいって心は死んでいます。私は親や家族といった、人生で一番、大事にすべきものに目を向けずに、気づけば皆を亡くしました。本当にヒドイ男だと思います。
―それに気づいたのはいつでしょうか。
マリオ 母親が亡くなる直前、スカイプで35年ぶりに話をした時です。母の顔を見た時、言葉が出てこなかった。画面に現れた白髪と皺(しわ)だらけの女性を見て「これが本当に私の母なのか?」と思うと愕然としました。なぜ、もっと早く顔を合わせなかったのだろうと激しく後悔しました。
もう自分の人生に意味などない、生きていても仕方ないとまで思うようになったのです。
―そこからもう一度、立ち直れたのはなぜでしょうか?
マリオ まずは日本という国を愛したことです。そしてこの国には自分のような最低の人間をも愛し、応援してくれる人がいました。残りの人生は自分のことよりもそういう人たちのために生きたいと思い、裏社会から足を洗ってレストラン経営に励むようになりました。
―東京・茅場町にあるレストラン「ウ・パドリーノ」には、今年2月に財務大臣の麻生太郎さんもいらっしゃったと聞きました。
マリオ 麻生さんは映画『ゴッドファーザー』の大ファンで、私にも興味を持って来店してくれました。本当にカッコいい方でしたね。歩き方、座り方、食べ方、葉巻の吸い方、どれもサマになっているし、何より上品でした。マフィアやヤクザの世界では、本当のトップは驚くほど上品です。麻生さんにはマフィアのドンのようなオーラ、器の大きさを感じました。
―最近、麻生大臣は必ずしも国民からいいイメージを持たれていないようですが。
マリオ なぜかこの国では自国のトップやスーパースターのあら探しをして壊そうとする。貴乃花もそうですが、それが私にはとても残念です。日本は世界一マナーがよく、言葉も美しいこの国で、なぜそんなことが起こるのか残念でなりません。
―ちなみに今、日本のヤクザが完全に行き場を失っていることについては、どう思われていますか。
マリオ かわいそうだと思います。ヤクザの肩を持つわけではありませんが、最近、日本ではカタギの人間のほうが悪いことをしているのでは?と思うこともよくあります。
アメリカではかつて、マフィアの五大ファミリーの力が弱まると、メキシコやコロンビアなど外国のマフィアやチンピラがどんどん入ってきて、やりたい放題するようになった。ヤクザが弱体化した今の日本にも海外のマフィアやチンピラが続々と入り、それに近い状況になりつつある。東京五輪を前にとても心配です。
―本の中に「酒に酔わなくても人生は十分に楽しむことができる」とありました。名言ですね。
マリオ お酒には興味がありません。最近は1ヵ月に一度くらいは、葉巻を吸いながら、ブランデーをちょっとだけ飲みますがね。お酒などなくともすてきな女性がいたら、それだけで酔っぱらってしまいますからね(笑)。
日本を愛した“ゴッドファーザー”の末裔が憂う、この国の今「カタギの人間のほうが悪いことをしているのでは?」|ニフティニュース
おまけ
国会議員秘書歴20年以上の神澤志万です。
永田町には長いことかかわっていますが、「本当に危機管理がなっていないな」と思うことがしばしばあります。先日も、まさに前代未聞の事態が起きていたのですが、国会の関係者は誰も知りませんでした。
国会議事堂に「元暴力団員でイタリアのマフィア関係者」が堂々と入っていたのです。しかも、その様子を本人がフェイスブックに投稿(閲覧はお友だち限定)しており、外部の方からのご指摘で知るという恥ずかしい事態になってしまいました。まるで、「日本の国会はノーガード」と世界に宣伝しているようなものです。
その方は、マリオ・ルチアーノさん。イタリアのマフィアのボスとして有名なラッキー・ルチアーノの末裔として知られており、今年6月には著書『破界』(徳間書店)を上梓しています。ちなみに、同書のサブタイトルには「山口組系組員になったゴッドファーザー末裔の数奇な運命」と明記されています。
状況から考えて、ルチアーノさんは自民党の衆議院議員の案内を受けたようです。ちなみに、麻生太郎財務大臣は以前からマリオさんと親交があることで知られているため、「もしかしたら麻生事務所かも?」ともささやかれていますが、どの事務所であっても、元暴力団関係者と交際していいはずがありません。
今年の3月には、「フライデー」(講談社)が「麻生太郎財務相が『ゴッドファーザーの末裔と憧れのご対面』」という記事を掲載しており、マリオさんが経営するイタリアンレストランから出てくる麻生財務相の様子を伝えています。このお店には、政界から芸能界までいろいろな方が足を運んでいるそうです。
麻生財務相はいつもダンディで素敵なので、国会女子のファンも多かったのですが、これにはみんなドン引きでした。もちろん、今回の件が麻生財務相によるものと決まったわけではないですが、マリオさんを国会に案内できる人物は限られると思います。
ニュースサイトで読む: http://biz-journal.jp/2018/08/post_24319.html
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麻生よ!油断したな!!