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自民党が秋葉原を最後の演説になったか?実は2ちゃんねるも関係していた??

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選挙戦最終日は「必ず秋葉原

2018年9月20日安倍晋三自民党総裁に三選された。一騎打ちを演じた石破茂は党員票で善戦したものの、「安倍三選」は既定路線であり揺るがなかった。

このとき、安倍は選挙戦最終日での「最後の訴え」をJR秋葉原駅前で行なうことを決定し、実行した。自民党総裁秋葉原での演説で選挙戦を締めくくる――過去直近5回の国政選挙(5回とも最終日は秋葉原)や総裁選で恒例となった「秋葉原詣で」である。

なぜ安倍は毎度秋葉原で演説を行なうのか。単なる験担ぎでは語ることの出来ない因縁がこの事実には隠されている。

本連載のひとつの山場であると筆者が勝手に考えている今回は、時間軸を第二次安倍内閣以前――つまり民主党政権をも飛び越えて――麻生太郎ネット右翼との「蜜月」の時期に接近し、その答えを探りたい。

かつて、最も人気があった男

ゼロ年代の初頭から起筆した前回記事では、その誕生の経緯により「密室内閣」と揶揄されてすこぶる不人気であった森喜朗内閣に代わって、彗星のごとく登場した小泉純一郎内閣とネット右翼の相関を描いた。

簡単に言えば、小泉純一郎内閣に対する所謂保守層、右派層、ネット右翼層の圧倒的支持(当時)の理由は、小泉の度重なる靖国神社参拝にあった。

所謂「郵政選挙」(2005年9月)で歴史的圧勝をおさめたにもかかわらず、翌2006年9月の総裁任期終了で潔く政権を退くことを是とした小泉純一郎には、当時公明党からも「総裁任期延長を」との声が上がるほどであったが、小泉純一郎の「変人」たるが由縁、これを黙殺した。

その後「ポスト小泉」へと世論は動いていったわけであるが、その有力候補としてあがった4人の自民党代議士を覚えているだろうか。頭文字を取って「麻垣康三」である。

すなわち麻=麻生太郎、垣=谷垣禎一、康=福田康夫、三=安倍晋三となる。今振り返ると、この中で唯一宰相の座を逃がして政界から去ったのは谷垣禎一のみである。

結果「ポスト小泉」は、既に述べたとおり小泉純一郎内閣で官房長官を務め、拉致問題(小泉訪朝)で強硬主張を通した安倍晋三となった。だが当時のネット世論調査では、「麻垣康三」の中でダントツの人気を誇ったのは「三」では無く「麻」、つまり麻生太郎であった。

これは当時のライブドア社によるネット調査(後述)でも、「小泉の次の首相にふさわしいのは誰か」の問いに、ユーザーがダントツ「麻生」と回答したことでも証明されている。

現在のような「安倍支持一色」のネット右翼の姿とは、到底似ても似つかぬ状況が、今から時計の針を戻すこと約12年前に現出していた。

「中略」

 

 

なぜ自民党は秋葉原を「選挙必勝の聖地」と崇めるようになったか(古谷 経衡) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)

 

2ちゃんねらー歓喜した

この時期に前後する、既成の大手マスメディアの2ちゃんねる観をうかがい知ることのできる端的な記述として、毎日新聞取材班が2007年に出版した『ネット君臨』毎日新聞社)から重要部分を引用する。

〈取材班はネットの匿名社会が実社会にもたらした弊害を根本から問い直すことから始めた。(中略)国内最大のネット掲示板2ちゃんねる」に代表される匿名による誹謗・中傷が人々の暮らしに深刻な影響を与えている実態…(後略)〉

本書は2007年元旦から毎日新聞で連載された同名コラムを編集したものであるが、同紙がこのころには既にはっきりと、2ちゃんねるに対して敵愾心にも似た感情を抱いていたことが伺える。

ネット君臨』が問題にする、2ちゃんねるの匿名性による人々の暮らしへの「深刻な影響」とは、具体的には2006年9月に起こった「上田さくらちゃん事件」(募金詐欺疑惑)のことを指すが、その是非はともかく、当時は「2ちゃんねる」=「犯罪者」「匿名の卑怯な攻撃集団」という図式が一般化していた。

これに追い打ちをかけたのが、2ちゃんねる創設者で管理人の西村博之に対する度重なる民事訴訟であった。

〈インターネット掲示板2ちゃんねる」への誹謗・中傷の書き込みなどを巡り、 管理者西村博之氏を相手取り、名誉棄損などを訴える民事訴訟が全国で50件以上起こされ、少なくとも43件で西村氏側の敗訴が確定していることが読売新聞の調べでわかった。この結果、西村氏に命じられた賠償額は約5800万円、仮処分命令などに従わないことによる「制裁金」が一日当たり約88万円、累計約4億3400万円に上るが、西村氏が自ら支払いに応じたケースはほとんどないと見られる〉(2007年3月5日 読売新聞)

これら裁判所の呼び出しに西村は一切応じない方針を貫き、被告欠席のまま敗訴が次々と確定していった。一連の事実は大きく報道され、それがますます「2ちゃんねる=卑怯」という図式を補強していった。

刑事・民事両面にわたる絶え間ない大事件の続発により、マイナスイメージが拭い難くまとわりついていた2ちゃんねる。こうした世相の中で、それを真っ向から肯定する見解を示した現役閣僚(当時外務大臣)こそが、麻生太郎だったのである。

当然、麻生の言動が2ちゃんねるフリークや利用者の自尊心を強烈に刺激したことは論をまたない。麻生は、2007年10月に出演したフジテレビ系番組において、

「(2ちゃんねるに)書いたりなんかすることは、時々やったりすることがありますよ」

と「衝撃の告白」を行った。事実か否かはさておき、この発言も麻生人気の火にガソリンを注いだといえる。

日陰者あつかいされ、公の場では正式名称さえ口に出すことを憚られていた2ちゃんねる。当時はネット界のコアユーザーの多くが、2ちゃんねるユーザーでもあった。自らもその利用者だと発言した麻生の告白に、彼らが歓喜したのは言うまでもない。

「中略」

2006年9月9日には、先に述べた「麻垣康三」体制下におけるポスト小泉を巡る自民党総裁選挙を睨み、秋葉原で大規模街頭演説を敢行した。記録に残る上で、これが麻生が公式に秋葉原で行なった、大規模かつ最初の演説であった。

そしてこれ以降、秋葉原自民党にとっても「験担ぎの聖地」となり、両者は密接な関係を深めていったのである。

(つづく)

なぜ自民党は秋葉原を「選挙必勝の聖地」と崇めるようになったか(古谷 経衡) | 現代ビジネス | 講談社(5/5)

 

つまり、石破も秋葉で最終日に演説してたら安倍をつぶせたのかもしれない。この記事書いた奴はそう言いたかったのかもしれない、。