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心配と期待が渦巻く?

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 秋篠宮家の長女・眞子さまと、大学の同級生、小室圭さんの結婚式が11月4日に行われることになった。一般の結納に当たる「納采の儀」は3月4日に行われる。戦後、皇族から民間に嫁ぐのは、眞子さまで8人目。宮中から一般社会へと、まるで異なる環境に身を置かれることになる。昨年12月発売の「週刊女性」(主婦と生活社)は、小室さんの母親が元婚約者である男性との間で400万円以上の借金トラブルを抱えていると報じ、眞子さまの今後を案じる声も多いが、過去に民間に嫁いだ女性皇族の方々は、どんなご苦労をされてきたのだろうか。元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司氏から聞いた。

「昭和22年までは旧皇室典範により女性皇族の嫁ぎ先は皇族か一部の華族と決まっていました。明治天皇の女のお子さまは4人が成人されていますが、全員皇族に嫁いでおられます。大正天皇には女のお子さまはいらっしゃいませんでした。昭和天皇には5人いらっしゃいましたが、二女の祐子(さちこ)内親王は生後半年で亡くなっていますので、成人されたのは4人です。長女の成子(しげこ)内親王は戦前の昭和18年に、東久邇宮盛厚王に嫁がれています。戦後の皇室典範で嫁ぎ先の制限は撤廃されましたが、昭和25年に三女の和子内親王日本交通公社に勤めるサラリーマンだった、五摂家のひとつである鷹司家の平通さんとご結婚されました」

 女性皇族が民間に嫁ぐようになった背景には、皇族が減ったという事情もある。

GHQの指令によって皇室の財産にも財産税が課され、残った財産も憲法の規定によって国に属することになりましたので、皇室は経済的に厳しくなりました。また、皇室の規模縮小の必要も生じたため、昭和22年、11宮家51名が皇籍を離脱しました。残ったのは天皇を含めて16名でした。戦前は皇族の数も多く、好ましくない方もいたようです。ヨーロッパに行ってその国の女性と同棲というか、内縁のような関係になり、『金を送ってくれ』とばかり言ってきて、『いい加減にしろ』ということで無理矢理連れ戻された方もいらっしゃったようですね」(同)

 東久邇宮も昭和22年に皇籍離脱したので、成子さまも一般国民となった。戦後の物資不足の時代の生活を「やりくり暮しのこの苦労のかげに、はじめて人間らしいしみじみとした、喜びを味う事が出来る」と『美しい暮しの手帖』第5号に綴って大きな反響を呼んだ。「中略」

動物園をつくった池田厚子さん

池田厚子さんはご主人の隆政さんと『池田動物園』をつくられて苦労されたといわれていますが、経済的にどうだったのかはわかりません。動物園の売店にも立たれていたということですが、それをもって苦労されたとか、品位がないということには全然ならないでしょう。品位は、お金と一致するものではありません。先日、ある記者と話していた時に、『眞子さまが一般国民になられて、コンビニでバイトするようになったら……』とおっしゃたのですが、それはコンビニのアルバイト店員への差別じゃないですか。コンビニでバイトしているから品位がないというのは、ひどい見方です。厚子さんが売店に立っていたのは、むしろがんばっていて、いいことだなあと思いますね」(同)

池田厚子さんは現在「池田動物園」の園長である。

「ほかに特に、苦労というのは聞きませんね。島津貴子さんはプリンスホテルのコーディネイトみたいなことをやっておられて、数年前に退任されたと聞いていますが、最終的には役員になっておられました。島津貴子さんには誘拐未遂事件ということがありました。ただそれは、どこかの家宅捜索をしたら誘拐計画を書いたメモが出てきたというもので、実際に誘拐しようとして失敗したということではありませんでした。

 千容子さんは家元夫人として、がんばっていらっしゃいます。近衛甯子さんは、ご主人の忠煇さんは日本赤十字社の社長ですし、甯子さんも学習院女子中等科・高等科の同窓会『常磐会』の会長に就いておられます」(同)

 千家典子さんは夫の国麿氏と、ほとんど別居状態だという報道もある。

「『ほとんど宮邸にいるんじゃないか』などと、結婚して早い時期からいわれていますよね。ただ当然、住民票は出雲にあるでしょうし、高円宮邸を主たる住居にしておられるわけではありませんよね。用事があって上京し、ご実家に泊まるという程度は、社会通念上許されるでしょう。

 三笠宮家のご一家平成26年桂宮殿下がお亡くなりになり、平成28年に大殿下がお亡くなりになりました。典子さんにとって、叔父さまとお爺さまが相次いで亡くなられたわけです。そうすると、十日祭、二十日祭、三十日祭、四十日祭、五十日祭、百日祭、一周年祭など、多くの祭祀があるわけですね。そういう時に上京されて実家に泊まるということは許されるでしょう。噂されているように、夫婦仲が悪いのどうかは知りません。それと、あくまでも法的な話ですが、離婚はできます。ただし、その場合でも皇族に復帰することはできませんし、宮邸を主たる住居にすることもできません」(同)

意外に自由な皇族の方々の生活

女性皇族が民間に嫁ぐ時、生活は一変するわけだが、その準備はされているのだろうか。

「宮家の場合、国から支給される皇族費というプライベートマネーで雇っている私的使用人が掃除や洗濯などの家事をやっていますので、ご自分たちでやる必要はありません。ただ、女のお子さまの場合、将来どういうところに嫁がれるのかはわかりません。お手伝いさんが何人もいるような家に嫁げばいいのでしょうけれど、親としては基本的に家庭の主婦業ができるように育てるのが普通でしょう。通常の生活に支障のない程度に家事ができるように、お小さいころから教えておられるはずです。

 眞子内親王殿下も、結婚したら一般の人になるということを前提に育ってきたということを、記者会見の時におっしゃっていました。ただ実際に自分で大根やキャベツなどをスーパーに買いに行ったりという経験は、ゼロとまでは言えないですけど、ほとんどないだろうと思います。それでも戦後の皇族の生活は、我々一般庶民にかなり近づいています。服を買いに行ったり、友達と食事に行ったりというのは、世間一般の人が思っているよりも割と自由にできます。

 学習院も戦前は皇族、華族などの家柄の人が多くいましたが、今は普通のご家庭のお子さんがほとんどでしょう。眞子内親王殿下が国際基督教大学に進んだように、皇族の学習院離れも進んでいます。昔のような宮中で育って、いきなり現代の一般家庭に入ると、それはかなり苦労されるでしょうけれど、そういう意味では感覚的にそんなに驚くほどの差はないだろうと思います」(同)

眞子さまが小室圭さんと、どのような結婚生活を送られるのか。温かく見守りたい。
(文=深笛義也/ライター)

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GHQのせいでもあったんだな皇室が滅亡寸前まで追い込んだのは!離婚しても皇室へ復帰できるように皇室改正すべきだと俺は思うぜ!”!”