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昭和天皇

しょうわ天皇が苦渋の選択(アメリカ軍基地配置)をしていた?

headlines.yahoo.co.jp

 

【東京】初代宮内庁長官を務めた故田島道治氏が、昭和天皇とのやりとりを詳細に記録した「拝謁(はいえつ)記」が19日、公開された。全国各地で反米軍基地闘争が起きる中、昭和天皇は1953年の拝謁で、基地の存在が国全体のためにいいとなれば一部の犠牲はやむを得ないとの認識を示していたことが分かった。


 専門家は、共産主義の脅威に対する防波堤として、米国による琉球諸島の軍事占領を望んだ47年の「天皇メッセージと同じ路線だ」と指摘。沖縄戦の戦争責任や沖縄の米国統治について「反省していたかは疑問だ」と述べた。

 

一部の犠牲やむ得ぬ 昭和天皇、米軍基地で言及 53年宮内庁長官「拝謁記」(琉球新報) - Yahoo!ニュース

 

昭和天皇は、昭和28年6月17日の拝謁で、石川県内灘(うちなだ)の米軍基地反対闘争に触れ、「日本の軍備がなければ米国が進駐してヽ 守つてくれるより仕方ハないのだ 内灘の問題なども その事思へば已むを得ぬ現状である」と述べたとされています。

昭和天皇は、国防をアメリカに頼る以上は、基地の提供もやむをえないという認識を繰り返し示していて、基地反対運動に批判的な見解を語ったことも記されています。

昭和天皇「拝謁記」 戦争への悔恨|NHK NEWS WEB