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ジョギングしてた+手遅れ感と今更感はあるかもしれないが敢えて言おう、緊急事態宣言が出たのは国民のせいだ!

ジョギングしてた。父ちゃん今日も先にジョギングしてた。俺は緊急事態宣言会見をみてたせいで遅れた。

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やっぱ見てたらムカついたわ!

 

そのせいもあって(?)今日は父ちゃん追い抜けんかった。オーバーペースながらも16分切るほど早かったんだけどなぁ。しかも3週目途中リタイア。オーバーペースだったうえに父ちゃんを見かけるタイミングが悪かったのかもしれない。距離3.8kmx2、タイム15:50,32:30.

 

 

おまけ。ある意味国民のせい?緊急事態宣言出したこと自体が。

www.gosen-dojo.com

ついに今日、緊急事態宣言が発令されてしまった。
当初、安倍政権は緊急事態宣言発令に消極的だったが、
国民からの轟轟たる「緊急事態宣言出せ!」の声に
屈したような形での発令である。

だが、緊急事態宣言を熱望した者たちは、
間違いなく、緊急事態宣言とは
どういうものなのかを全く知らない!

緊急事態宣言は、民主主義の前提である
報道・言論・集会の自由を奪う可能性がある!
大衆は「コロナが怖いから自由も民主主義もいらない!」
と主張したのである。

恐怖に駆られた時に、人の本性は現れる。
コロナ・パニックがあらわにした、
日本人の最もヤバイ本性を直視せよ!

 

ch.nicovideo.jp

 

第367回「命が大切だから専制待望?」

 新型コロナウイルスで、欧米各国の都市でロックダウン(都市封鎖)や外出制限が行われ、生活の自由が失われている様子を報道で見るにつけ、日本はそこまでの事態じゃなくて本当によかったと思っていた。
 ところが、日本でも早く政府が強権発動して国民の自由を制限してくれと待望する声が続出して、ついには「緊急事態宣言」の発令に至ってしまったのだから、わしは不思議でたまらない。

 緊急事態宣言は、先月13日に成立した改正新型インフルエンザ等対策特措法によって発令できるようになっていたが、安倍首相も菅官房長官も再三にわたり、「現時点では緊急事態宣言を発令する状況にはない」と表明し、慎重姿勢を保ってきた。おそらく、あまりにも経済へのダメージが大きいため、経団連あたりからストップがかかっていたのだろう。
 これに対して日本医師会新経済連盟が緊急事態宣言の発令を求める声明を発表、東京都、大阪府も発令を働きかけ、「中略」ソフトバンク孫社長も緊急事態宣言が出されないことに疑義を呈した。
 メディアは「羽鳥慎一モーニングショー」を筆頭に、政府の対応が遅すぎる、なぜ緊急事態宣言を出さないんだという意見一色に染まり、「中略」続々と緊急事態宣言を出せと発言、政府はそんな圧倒的な国民の声に押されて発令する形となった。

 今回、安倍首相は東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県・大阪府兵庫県・福岡県の7都府県に対して緊急事態宣言を発令した。福岡県は当初案には入っていなかったが、県知事が臨時会見を開いて対象地域にしてくれと要望して指定され、念願叶った知事は「大変心強い」と喜んでいた。我が故郷ながら、実に情けない。
 都道府県ごとに指定するのは感染症の進行状況が地域によって異なるためで、指定地域の知事は「住民に外出自粛要請」「休校などの要請・指示」「大規模施設の利用停止、イベントの開催制限や中止の要請・指示」「臨時の医療施設設置のため土地や家屋を強制使用、医薬品などの売り渡しの要請・収用」などができる。
 ただし欧米のような都市封鎖はできないし、個人の外出自粛も「要請」に留まり、強制的に禁じるものではない。

 だが問題なのは「大規模施設の利用停止、イベントの開催制限や中止の要請・指示」で、これは強制力を伴う「指示」まででき、これを盾に取れば、権力が政治・言論に関する集会を中止させることが可能になってしまう。
 さらには、首相が「指定公共機関」に必要な措置を指示できるという規定があって、この「指定公共機関」にはNHKが明示され、民放も含まれる余地がある。要するに首相が全放送局の報道内容に介入することも可能なのだ。
 つまりこれは著しく国民の私権を制限し、言論・報道・集会の自由という、民主主義が機能する前提条件を侵害しうる、非常に危険なものなのだ。

 しかも緊急事態の期間は2年が上限だが、その後1年ごとに延長でき、延長の回数制限はない。つまり無制限に続けられるのだ。民主主義のインフラである言論・報道の自由を奪い、それに異議を唱える集会すら禁止できるという強権を、いつまでも持ち続けることができるのである。
 そして、これだけの強制力を持つにもかかわらず国会の承認は必要なく、報告だけで発令できる。それも「やむを得ない場合を除き、国会に事前報告をする」となっており、政府が「やむを得ない場合」だと判断すれば、事後報告でもいい。しかもこれは拘束力のない「付帯決議」に書かれているだけだから、たとえ政府が報告すらしなかったとしても、国会はほとんど何もできない。
 ここまで立憲主義も民主主義も破壊しかねない緊急事態宣言の発令を可能にする法改正に対し、あろうことか「立憲民主党」が賛成に回ったから、山尾志桜里議員は離党を決断したのである。

 ところが国民の大部分は「緊急事態宣言」がどういうものなのか知りもせず、「中略」なんとなく緊急事態に対応して国民を守ってくれるものなんだろうと思い込み、本当はこれによって自由を奪われる側の立場なのに、なぜ緊急事態宣言を出さないんだ、早くしろと、必死になって安倍首相をせっついたのだ。その倒錯ぶりには、呆れるしかない。
 せっかく安倍政権は緊急事態宣言に慎重だったのだが、ここまで国民世論が高まってしまうと政権支持率が急落しかねず、これ以上抗することはできなくなったのだろう。
 もうこれは安倍首相の責任とは言えない。奇妙な話だが、安倍政権は必死に避けようとしたにもかかわらず、国民の圧力によって国民の自由を縛る宣言を出さざるを得なくなったのだ。
 昭和13年(1938)、近衛文麿政権は蒋介石の国民政府と支那事変の和平交渉を進めていたが、国民の激烈な強硬意見に屈して「国民政府を対手とせず」の声明を出して交渉を潰した。
 その結果、支那事変は泥沼化し、英米の介入を招き、大東亜戦争に突入して日本は破滅したのだった。
 いま起きているのは、それと同じようなことである。